YouTube の広告賞「YouTube Works Awards Japan」では、YouTube を通じて高い広告効果を獲得し、ビジネス目標の達成を後押ししたキャンペーンを表彰しています。5 年目となる 2025 年は、部門が前年から 1 つ増えて 8 つとなり、各界をリードするクリエイターやマーケターなど 12 人の審査員が最終審査を担当しました。
今回は、同アワードの審査員長を務めた株式会社電通グループの佐々木康晴氏(グローバル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー)にインタビュー。審査会の議論から浮かんできた「良い YouTube 広告」の定義や、AI 時代にクリエイターが求められるものについて聞きました。

効率やセオリーを超えた広告表現がたくさんあった
広告業界の経験が長く、数々の国際賞の審査員を務める佐々木氏。これまでの広告業界の流れを振り返りながら、特にデジタル技術がもたらした変化を指摘します。
「デジタル技術が広告業界に入ってきた黎明期は、『何の意味があるんだ』と言われるようなところに、その技術を使っていました。文字を動かすなどウェブサイトの細部にこだわったり。もしかしたら検索エンジンに評価されにくくなってしまうかもしれないけど、当時はセオリーではなく、どんなものを作ったらユーザーにとって楽しいかをとことん考えていました」
佐々木さんは、こうした、一見すると “ 無駄 ” に見える部分 にこだわってきた自身のことを、実用性を超えた豊かな装飾が特徴的な縄文土器になぞらえて「デジタル縄文時代の人間」と表現します。
その後、時代とともに広告業界におけるデジタル活用が当たり前になっていきます。その結果、効果の出やすい手法やノウハウが確立され、「どの広告も似たようなものになってしまった」と佐々木氏。デジタル広告は短いスパンで成果を求められるようになり、「広告もクリエイティブより効率性を念頭に置いたものが増え、効率重視の “ デジタル弥生時代 ” がやって来た」と指摘します。
それでも佐々木氏は、今回の審査を通じて「セオリー以上に新しい表現に挑戦したり楽しんだりしている作品が増えてきた」と YouTube 広告の印象を語ってくれました。
グランプリは「らしくない」作品に
今回グランプリを受賞したサントリーホールディングス株式会社の『飲みに誘うのムズすぎ問題』も、セオリーを超えた新しい表現に挑戦した作品です。

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一般的に YouTube 広告では、冒頭の数秒で商品やロゴを見せるといったセオリーがある中で、「ザ・プレミアム・モルツ」の広告でありながら、動画の最後まで商品名を明かさない「YouTube 広告らしくない」手法が逆に新しかったと佐々木氏は評価しました。
また扱った題材は、一見すると職場での小さなあるあるですが、今の時代を捉えていると高く評価しました。
「飲みに誘うのにも気をつかう窮屈な時代。そこに風穴を開けるような表現ではなく、寄り添った広告だからこそ、2 分という長尺でもじっくり見てもらえたのだと思います。社会問題を広告に落とし込むのは、近年のトレンドですが、小難しい話ではなく、ちっちゃな課題に着目して、そのブランドらしい方法でちょっと社会を楽しくしている。社会とブランドをつなげるお手本のような作品だと感じました」
グランプリ受賞とはならなかったものの印象に残った作品として、佐々木氏は日清食品株式会社の『日清のどん兵衛「はいよろこんで 利き利きどん」篇』を挙げました。
「とにかくスピード感が素晴らしい。パロディ元のミュージックビデオの公開からわずか 5 カ月で配信できたというのは、YouTube ならではだと思います。また、とことん商品の話をしていながら押し付けがましさがなく、クリエイターが楽しんでいる。さらにユーザーに対しても、前向きに商品を買いたいと思わせる広告で、素晴らしかったです」

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「三方好き」と「良い距離感」
前年の YouTube Works Awards Japan の受賞作品から見えたトレンドの 1 つが、ユーザー、クリエイター、企業の三者が満足できる「三方よし」でした。佐々木氏はここからさらに一歩踏み込んだ「三方好き」こそが、これからの YouTube 広告が目指すべきあり方だと語ります。
「広告主である企業が自社の商品やブランドに愛や誇りを持っていて、同時にクリエイターも自分の好きを表現する。それは YouTube クリエイターのような自分の発信したいメッセージを追求する方向もあれば、広告代理店が徹底的にユーザーを考えて楽しんでこだわり抜く方向もあり得ると思います。そうやって作るからこそ、視聴者も『ターゲティングされているから』ではなく、好きだから広告を見る。こうした好きが重なる広告が、これからのトレンドになっていくのではないでしょうか」
佐々木氏は「『好き』とは、言い換えれば『熱』のようなもの」と話し、どん兵衛の広告作品を例に次のように説明します。
「どん兵衛の広告では、出汁や油揚げの工夫を、とにかく熱量を持って素晴らしいクリエイティビティで表現しています。動画では商品のリニューアルを「どうでもいいです なんて言わないで」と自虐的に歌い上げていますが、このように商品の細部であっても、熱量を持って表現することで視聴者を動かし、売り上げにもつなげた好例です」
また佐々木氏は、広告を作り、届ける上では「距離感」を考えることも重要であり、YouTube の良さはその「近さ」にあると話します。

「少し遠くから語りかけてくるテレビに対して、間近から話しかけてくる距離の近さが YouTube の良さの 1 つです。物理的な距離だけでなく、YouTube というコミュニティの特性が持つ心理的な距離もあり、だからこそ伝わる『熱』があると思います。だからこそ、ブランドイメージから乖離した広告や、やらされ感のある表現は、視聴者に見透かされてしまいます。幸い、YouTube にはさまざまな計測機能もありますから、いかに個々の視聴者との距離感を把握して適切なメッセージを届けられるかを考えることが重要です」
今回の審査を通じて、佐々木さん自身もこの距離感の重要性を再認識したそうです。同じく審査員を務めたクリエイターの皆さんの視点や工夫が印象的だったと話します。
「たとえばショート動画でカジュアル感を出したい場合、単にクオリティの高い動画を作ればいいわけではなく、距離感を考えて、よそ行きではないプライベート感をどう出せるか。そのために、あえて画質の下がるインカメラで撮影するといった視点はクリエイターの皆さんならではのもので、とても勉強になりました」
AI 時代にクリエイターが求められるものとは
今回の YouTube Works Awards Japan では、AI を活用した広告を表彰する「Best AI Usage 部門」を新設しました。
「生成 AI の進化は目覚ましく、私も使っていますが『もう人間がやる必要がないかもしれない』と感じる領域も増えてきました。今後も AI は進化し、広告の現場における最適化もどんどん進んでいくはずです。AI が担う領域が増えていったとき、私たちはどうすべきかを考えると、効率化で浮いた時間を使っていかに高い熱量を持って打ち込める新たな『好き』を見つけられるか、だと考えています」
佐々木氏によると、人間と AI の大きな違いは「誰かに好かれたい」「面白がってもらいたい」と思う気持ちを原動力にできるかどうか。「誰かを喜ばせたいというたくらみ」こそが人間の有するクリエイティビティだと話し、社会問題の解決や売り上げの最大化といった大義名分だけではなく、そうしたクリエイティビティを発揮できるテーマをどれだけ見つけられるかが、AI 時代のクリエイターに求められることだと指摘しました。
「AI を含めてデジタル技術を効率化だけに使うのではなく、もっと面白いことができないか、いかに多くの人に『好き』と思ってもらえるような作品を制作するか、といったことに使うクリエイターが増えると良いですよね。私自身も、企業やクリエイターと議論をしながら、新しい広告の作り方や表現を模索しているところです」