
小売企業にとって、オンラインとオフラインの分断は、大きな機会損失を招きます。
たとえば、デジタル広告で見た商品を目当てに来店した顧客が、店頭で商品を見つけられなかったり、すでに欠品していたりすれば、売り上げ機会を逃すだけでなく、顧客体験も損なわれます。
こうした問題は多くの場合、実店舗内の状況をリアルタイムに正確に把握できていないことがボトルネックとなっています。
そこで注目したいのが、「店頭在庫データ」の生成と活用です。たとえば、商品の正確な店頭在庫位置をリアルタイムで把握し、その情報を顧客向けのアプリに反映できれば、来店後の商品探しの手間を減らせます。また、広告に掲載している商品の店頭欠品を素早く検知できれば、機会損失の最小化にもつながります。
さらに、店頭在庫データの履歴や店頭の画像データをクラウド上で整備しておくことで、販促の効果検証や棚割りの最適化だけでなく、メーカーとの協業活動による店頭モニタリングの効率化など、マーケティングの高度化にも寄与します。
人力での店内在庫の把握は、大きな負担に
このように、正確な店頭在庫データには大きな価値と可能性がありますが、それを把握するのは簡単ではありません。
店舗では新商品の入荷や季節商品の入れ替えが頻繁に発生します。その中で、スタッフが商品棚を巡回し、正確な商品位置、在庫量、欠品情報を常に把握しておくためには、大きな労力を要します。面積の大きな店舗ではなおさらです。
現在は人力で対応できていたとしても、人手不足が深刻化する中、同様のオペレーションを維持し続けることは、小売企業の大きな負担となります。
近年では、AI カメラなどを活用して在庫状況を把握する方法もあります。しかし、厳しい経営環境で利益が圧迫されがちな小売企業にとって、カメラの導入やメンテナンスにかかるコストを負担することもまた、高いハードルです。
Zippedi のロボットで在庫管理を自動化
こうした課題を解決する手段として注目を集めているのが、ロボットによる店頭在庫の自動検知です。
Google Cloud のパートナー企業である Zippedi(ジッペディ)は、米国に本社を構えるロボティクス企業です。同社が開発しているロボット「Zippy(ジッピー)」は、店舗内を自律走行しながら商品棚をスキャンし、在庫状況をリアルタイムで可視化します。
ロボットに搭載したカメラとセンサーによるスキャンで店舗レイアウトを把握。Google Cloud 上に構築されたディープラーニングモデルが商品を認識し、位置を特定します。店頭欠品や、店頭商品の値札と商品価格および販促価格との不一致などを検出できます。

Zippedi のソリューション は、すでに世界各地の小売企業で導入が進んでいます。
中南米で 200 店舗以上を展開する大手ホームセンターチェーンでは、 Zippedi 導入により、店頭欠品が 18% 改善しました。欠品調査を含む店頭業務の労働時間が 40% 〜 50% 削減したことで、店舗業務全体も大幅に効率化。また店頭の値札と商品価格との不一致は 90% 解消しました。現在までに約半数の店舗で導入しており、さらなる導入拡大も予定されています。
カインズらが実証実験、日本でも機能するモデルを構築し、店頭欠品は 12% 削減
日本でも Zippedi のソリューション導入の効果を検証すべく、ホームセンターチェーン「カインズ」が実証実験を行いました。
すでに各国で導入実績がある Zippedi ですが、同じモデルをそのまま日本に展開すればスムーズに機能するというものではありません。多種多様な陳列パターン、幅に限りのある通路といった、日本の小売店の特徴に合わせた調整が必要です。またカインズの幅広い商品や値札の種類を検知できるようにしたり、混雑時間や従業員の作業フローなど現場の事情に合わせてロボットの稼働を最適化させたりといった工夫も必要になります。これらの調整をへて欠品や値札の誤りを正確に検知できるのかが、実証実験における大きな検証ポイントでした。
実証期間は 2024 年 4 月〜 9 月まで。営業中の店舗に Zippy を導入しました。Google では、稼働計画の立案、在庫検知のための機械学習モデルの評価や改善の提案、検知データの分析やレポート化の支援、導入による投資対効果の分析などを担当しました。
店舗への導入にあたっては、混雑状況を考慮してエリアごとにスキャンする時間帯を設定し、現場のレイアウトが変更された際には、ロボットのセンサーがそれを検知して自動で走行経路を調整する仕組みも整えました。
スキャン後は、検知結果のレポートを担当者に展開。欠品の有無、店頭商品の値札と商品価格の不一致を、1 日 2 回のアラートで通知し、迅速な対応を可能にしました。

Zippy のスキャン画面。搭載したセンサーで商品棚をスキャンし、在庫状況などを検出している
その結果、導入前と比べて店頭欠品は 12% 削減、売価の表示ミスは 50% 削減できました(*1)。また、売場の状況を効率的に把握できるようになったことで、欠品調査にかかる作業時間は 74% 削減できることが確認できました(*2)。
実証実験を行った店舗には、店舗に配属されたばかりの従業員もいましたが、 Zippy のレポートを通じて売り場を効率的に把握でき、慣れない中でも対応しやすくなった、との声もあがりました。
データが変える、店舗運営と買い物体験

店頭在庫の管理をデジタル化することで、小売企業の店舗運営は大きく変わります。
Zippedi が提供するようなソリューションによって店頭在庫の状況がリアルタイムで可視化されれば、売り場を改善して機会損失を減らせるだけでなく、クレームや顧客満足度の低下も抑えられるでしょう。
また可視化したデータは、店舗単位にとどまらず、本部やエリアマネージャーとの遠隔でのコミュニケーションにも活用できます。従来は報告書や電話で共有していた情報を、クラウドを通じて定量的に共有できるようになれば、お互いの認識をそろえ、棚割りや商品陳列における販促施策について、よりスピーディで適切な意思決定が可能になるはずです。
さらに、店舗内リテールメディアへの応用も可能です。たとえば、顧客の位置情報と店頭在庫データを連動させれば、来店中の顧客にパーソナライズされたクーポンをリアルタイムに提供できるようになります。実際にカインズでは、このような店頭在庫データを用いた新たな購買体験の可能性に着目して実証実験を行っています。店頭在庫データは、購買体験の最適化を目指すマーケターにとっても有益なリソースとなり得るのです。
店頭在庫データの活用で、小売企業とメーカーの双方に利益
店頭在庫データをクラウド化することで、小売企業とメーカーの協業もより深まります。
小売企業は、棚割り計画と実績の予実管理を精緻に分析し、その達成率を基にメーカーと条件交渉を行ったり、棚割りの改善提案をしたりできるようになります。あるいは、販促に重要な棚割りに関するレポートをメーカーに販売して新たな収益源とすることも可能です。実際、すでに Zippedi を導入している中南米のスーパーマーケットチェーンでは、メーカーに対して店頭在庫データと棚割りの画像を販売する新たなビジネスモデルを構築しています。
一方、メーカー側にとってもメリットは大きく、これまで人手に頼っていた棚割りの監査業務が効率化できます。また、自社商品が計画通りに展開されているかを定量的に確認できるだけでなく、販促施策による売り上げへの影響をより精緻に分析することも可能です。
このように、小売企業とメーカーが店頭在庫データと棚割り画像をリアルタイムで共有することで、オンラインとオフラインを横断したシームレスな顧客体験を創出しながら、同時に周辺業務の効率化も実現できるのです。
Contributor:武藤 亮平(シニア アカウント マネージャー)/諏訪 悠紀 (カスタマーエンジニア)